久しぶりに高校時代の友人と会った。
同じ55歳。
昔は一緒に部活をして、似たような服を着て、似たような髪型をしていた。
それなのに30年以上経って並んでみると、ずいぶん違って見える。
友人は若作りをしているわけではない。
白髪もある。
目尻にはシワもある。
お腹だって、昔より少し出ている。
それでも、なんとなく若々しい。
一方で、店の窓に映った自分を見る。
「俺、こんな感じだったっけ。」
少しショックだった。
老けたことが嫌なのではない。
55歳なのだから、25歳に見える必要なんてない。
でも友人と自分の間にあるものは、年齢だけでは説明できない気がした。
帰りの電車でも、そのことが妙に頭から離れなかった。
いつから「まあ、いいか」が増えたんだろう
翌朝、出勤前に鏡を見た。
昨日の友人を思い出しながら、自分を少し観察してみる。
髪が横にはねている。
「まあ、いいか。」
シャツに小さなシワがある。
上着を着ればわからない。
「まあ、いいか。」
靴を見ると、少しくすんでいる。
今日一日くらい問題ない。
「まあ、いいか。」
シャツの胸元も少し気になった。
でも男なんてこんなものだろう。
「まあ、いいか。」
ここで、ふと手が止まった。
これかもしれない。
昨日会った友人との差は、顔立ちでも体形でもなかった。
一つ一つは、本当にどうでもいいことなのだ。
髪が少しはねているくらいで、人間の価値は変わらない。
靴に多少汚れがあったって仕事はできる。
胸元を誰かがじっと見ているわけでもない。
だから、その都度放ってきた。
そして怖いのは、一回の「まあ、いいか」ではない。
それが少しずつ増えていくことだった。
若い頃なら直していたことを、そのままにする。
去年なら買い替えていたものを、もう一年使う。
似合う服を探すのも面倒になって、
「これでいい。」
で決める。
一つ一つは小さい。
でも、その小さな諦めが10個集まったら。
それが「なんとなく老けて見える」の正体なのかもしれない。
そう思ったら、昨日感じた違和感が少しだけ腑に落ちた。
若く見せたいんじゃない。雑になりたくない
その日の夜、友人にLINEをした。
「昨日思ったんだけど、お前、昔よりちゃんとしてるな。」
すぐに返事が来た。
「なんだそれ(笑)」
少しして、もう一通。
「でも最近、年取ったからこそ気をつけてるかも。」
意外だった。
何もしなくても若々しい人だと思っていた。
聞けば、月に一度は髪を切る。
朝、出かける前に靴を見る。
体重が増えたら、無理に昔のサイズを着ない。
シャツの下に着るものも選んでいるらしい。
どれも大したことではない。
美容に何万円も使っているわけでもなかった。
「若く見られたいの?」
そう聞くと、
「いや、別に。」
と返ってきた。
そして、
「ただ、歳とったからって雑になるのは嫌なんだよ。」
その言葉が残った。
そうか。
若さを取り戻す話ではないのだ。
白髪を全部隠す必要もない。
シワがあってもいい。
50代の顔には、50代の時間が刻まれている。
消す必要なんてない。
でも、
年齢を受け入れることと、自分への手間をやめることは違う。
目指したいのは、若い自分ではない。
今の自分を雑に扱わないこと。
それなら、自分にもできそうな気がした。
全部変えない。一日一つだけ拾っていく
次の日の朝。
鏡の前で髪がはねていた。
いつもの言葉が頭に浮かぶ。
「まあ、いいか。」
そこでやめた。
水で濡らして、直した。
たった30秒。
シャツを着る。
胸元が気になる。
いつもなら、そのまま出かけるところだった。
その日は中に着るものを変えてみた。
白いTシャツを着るときに気になっていた部分を、服の外側ではなく内側で整えてみる。
靴も軽く拭いた。
全部合わせても数分だった。
鏡を見る。
劇的には変わらない。
顔は昨日と同じ55歳。
シワもある。
白髪もある。
それなのに、昨日より少し気分がいい。
「これでいい。」
今度の言葉は、投げやりではなかった。
その週末。
妻と買い物に出かけた。
歩いていると、妻がこちらを見て言った。
「最近、何か変えた?」
少し期待して、
「若くなった?」
と聞いてみる。
「そこまでは言ってない。」
笑われた。
「でも、なんかスッキリした。」
それで十分だった。
50代になると、20代の頃のように何もしなくても若く見えるわけではありません。
だからといって、高い化粧品を揃えたり、流行の服で全身を固めたりする必要もない。
髪が乱れていたら直す。
くたびれたものは交換する。
胸元が気になるなら、中に着る一枚を工夫する。
好きな服を「もう歳だから」と諦めない。
一つ一つは、とても小さなことです。
でも、50代の見た目の違いは、案外そんなところから始まるのかもしれません。
老けることは止められない。
それは誰でも同じです。
でも、
「まあ、いいか」で手放してきたものを、一つずつ拾い直すことはできる。
若返るためではない。
これからの自分を、雑に扱わないために。
50代は、そんな身だしなみの方が似合う気がします。