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説教中の上司のちくぽこが気になって内容が入ってこない問題

説教中の上司のちくぽこが気になって内容が入ってこない問題

「見てはいけないのに、見えてしまう」恐怖

会議室。空調はちょっと暑め。
僕はミスをしてしまい、上司に呼ばれた。反省し、謝る気持ちはある。真摯に受け止めようと思っていた。

…が。

なぜだ、なぜそこが主張してくるんだ。

そう、目の前で熱く語る上司のシャツ越しに、うっすらと乳首――“ちくぽこ”が、僕の集中を妨げてくるのだ。

人として正しい姿勢で叱責を受けたいのに、視界の端にうつる“ぽこ”が意識のすべてをもっていく。
まじめな説教の内容はすっかり頭に入らず、心の中はこう叫んでいた。

「見えちゃってます!課長!」

これは「あるある」なのか?社内で聞いてみた

この体験は僕だけのものではないかもしれない――そう思い、社内の仲間にこっそり話してみた。すると意外にも共感の嵐。

「あー、あの上司いつも白シャツ1枚で来るでしょ。冬でも透けてる」

「一回“ぽこ”がジャケットの裏地にこすれて、音してたもん」

「説教の時って、こっち見つめてくるじゃん?その時にちくぽこも一緒に来るから集中できないよね」

つまり、説教 × ちくぽこ = 精神的ダメージ倍増 という構図が成立していたのだ。

なぜ「ちくぽこ」が気になってしまうのか?

人間の視覚は、動きや突起に敏感にできている。
シャツの布の間からほんのり浮かび上がる“ぽこ”は、ある意味で「ノイズ」なのだ。

さらに、相手が上司や目上の人であるほど、「見てはいけないものを見てしまった感覚」が生まれる。
この葛藤が集中力を奪い、話の内容が入ってこなくなる。

心理学的には「認知的不協和」と呼ばれる状態で、脳の中で“視覚の情報”と“感情のバランス”が取れず混乱する現象なのだ。

本音:話の内容より“ちくぽこ”の位置が気になる

ここで一度、僕の説教中の脳内を再現してみよう。

「君さ、納期の感覚がちょっと甘いんだよね?(課長:熱い目)」

→(僕の脳内)納期…あ、ぽこ動いた。左寄り?いや右が強い?

「たとえばこの前のA案件、資料の修正が…(課長:やや前傾)」

→(僕の脳内)前傾しちゃった!ぽこがシャツに張り付いたぞ!ヤバイ!

…本当にごめんなさい。
説教中にこんなこと考えてて。でも見えてるんです、どうしようもなく。

インナーを着るだけで世界は平和になる

こんな悲劇は、インナーを1枚着るだけで回避できる。

・ベージュ系の透けにくいインナー
・吸汗速乾、ぴったりしすぎない素材
・パッド入りなら“完全無敵”

男性が“ちくぽこ”に無自覚なままシャツを着ていると、見られた側の集中力が乱れる。
本人の威厳や清潔感までもが損なわれるのだ。

つまり、「見られたくない人ほど、インナーは着るべき」という結論に至る。

自分も加害者だったかもしれない恐怖

思い返すと、夏場の自分もTシャツ1枚でオフィスに来ていた。
自宅では何も気にせず部屋着で過ごしていた。彼女や同僚が何も言わなかっただけで、実は“見えてた”可能性が高い。

説教されながら「これは人類の悲劇」と感じたが、僕もどこかで「ちくぽこ発生源」だったかもしれないのだ。

結論:「ちくぽこ」は礼儀の問題である

ちくぽこは、見た目の問題ではない。
それは、「場に対する敬意」や「相手への気づかい」の話である。

たとえば…

説教するとき → 相手が話に集中できる服装で

プレゼンのとき → 見た目の説得力もプレゼンの一部

プライベートでパートナーと過ごすとき → “見たくないもの”を見せない配慮

こういった細やかな気遣いができる人間が、本当の意味での“信頼される人”なのだと、上司のちくぽこから学んだ。

最後に:勇気を出して伝えるべきか?

それ以来、僕は清潔感に気を使うようになり、職場の男性メンバーにもインナーの重要性をこっそり共有している。

上司本人に直接言う勇気は…まだない。でも、
もし「ちょっと言いにくいけど…」と伝える文化ができたら、
職場の説教の質はもっと上がるかもしれない。

いや、むしろ「インナーを整える研修」を制度にしてほしいと思う今日この頃。